近年の防災意識の高まりとともに、災害に対する備えについての考え方も大きく変化しています。なかでも大きな危険性がなければ、まずは自宅で避難を続け、ライフラインの回復を待つ「在宅避難」が推奨されるようになりました。 今回は在宅避難を行ううえで欠かせない、家具の落下・転倒防止対策について、NPO法人プラス・アーツの永田さんに聞きました。
在宅避難を行うためには、事前にいくつかのポイントを踏まえて準備を済ませる必要があります。今回お話する家具の対策もそのひとつですが、正直面倒に感じる方も多いのではないでしょうか。しかし、家中が散乱している状態では、被災後の生活空間をキープすることもままなりません。実際に自宅で避難生活を始めていくわけですから、長期の避難生活ができる準備は万全にしておかなければなりません。
家具の転倒が大きな注目を集めたのは、1995年の阪神淡路大震災のときです。これは当時の報道でも出ていましたが、震災前の神戸市は、震災の危険が少ない地域という話が定説だったと言われています。そのため、移住者の引越し先としても人気が高かったそうです。
このため、防災の観点から⾒ても悪い事例の写真がたくさん発信されました。私たちプラス・アーツは、さまざまな⽅に防災意識を⾼めてもらうための取り組みのひとつとして、全国で防災に関する講座を開いていますが、こういった写真をお⾒せすると、「これは対策をしておかなければ」と感じられる⽅が多くいらっしゃいます。
これは被災者の方の言葉ですが、「家具は凶器になる」。普段から家具のない平原で寝転んでいれば危険は少ないのですが、そんなわけにもいきません。結局は、みなさんの生活を彩ってくれている家具も、固定しておかないと凶器になって襲いかかってくる。これは当時データ的にも実証されていて、約半数の人のけがの原因は家具の転倒・落下でした。ガラスが原因の人数を足すと75%、4分の3という数値です。要するに大半の人が家具かガラスでけがをした。裏返せばこの2つを対策しておけば、けがをするリスクはかなり減るということです。
もちろん、みなさんも家具に何か対策をしたほうがよいということは当然ご存知でしょう。でも、「気にしたことはあるが、結局よく分からない」という方がほとんどです。家具の固定にはL字型の金具が推奨されていますが、壁に穴を開ける必要があるので諦めてしまう。ベルト型器具の固定も、同様に設置には少しハードルが高い。結果として突っ張り棒(ポール式)を使われる方が多いのですが、これは強度が意外に弱い。ポールの足と同じ向きの揺れには強いが、ポールの足の向きに対して横に(直角に)揺れるととても弱く、特にポールを継いで伸ばして使用した場合には、座屈してたわんで外れてしまいます。
下の図を見てください。器具の効果は、単独よりも2つの組み合わせで大きくなります。家具の底面にストッパー式またはマット式器具を設置し、「踏ん張ってすべらない」状態にしてから、家具と天井の隙間をポール式器具で「突っ張って隙間をなくす」。上を突っ張って下を踏ん張る、私たちは「合わせ技」と呼んでいますが、これならL字型金具と同程度の効果が得られますし、賃貸住宅でも問題ありません。
さらに、「器具の価格が高い」という方には、ダンボール箱と滑り止めマットを使った、お金をかけない「合わせ技」も紹介しています。まずは、ダンボール箱を家具と天井との間に詰め込みます(空箱でもよい)。2、3センチ程度の隙間が空いても問題ありません。段ボール箱の下部には滑り止めマットを敷き、地震の揺れで段ボール箱が滑って家具の上部から落ちないようにすれば完成です。
この止め方は非常に好評で、私も正直に、「もう、これ以上の方法はありませんよ」とお伝えしていますので、多くの方から、「これならできる!」と共感していただき、実践された感想をたくさんいただいています。
ほかにも、特に主婦の方に評価が高いのが、食器棚の対策です。東日本大震災のときは、食器同士がぶつかり合って、粉々に破損したケースが多かったといいます。本来の対策としては①本体を固定して②棚に滑り止めシートを敷き③開き戸のストッパーをかける。この3つのステップで完了となります。もちろん、全部割れないとは言い切れませんが、粉々になることは防げます。キャビネットには「引き出しストッパー」などの便利な器具がありますが、これも面倒に感じて使わない方が多い。また、本棚の対策には、落下抑制テープという、効果の高い画期的な商品も販売されています。私も実験してみましたが、とても簡単に設置でき効果も見込めるのでとてもおすすめです。
最後に、これも重要なガラスの対策についてお話します。模範解答は「飛散防止フィルム」ですが、これも貼っている方はそれほど多くはありません。そこで、私も実際にガラスメーカーへ取材に行きました。メーカーの方にお話を聞くと、東日本大震災時では揺れが原因で割れた事例というのは実際には少なかったそうです。
ガラスをモルタルで埋めてはめているような昔の窓ですと、揺れの衝撃がガラスに伝わってパリンと割れてしまう可能性がありますが、今は変形してもすぐには割れにくいサッシになっているようです。
ただ、割れる場合もあるというのでさらに聞いてみると、その原因は、「物が飛んでいって割れる」でした。ですからみなさんにも、「割れるものがガラスの近くにないか/どこに置いているかを把握すること」と、「ガラスの飛散を防ぐレースカーテンの取り付け」を率先してやっていただくだけでも、相当数のガラスの飛散によるけがは防げるはずです。
被災者の経験談では、「何もない部屋で寝る」ことが、いちばんの防災対策だといいます(笑)。今回は家具を一例に挙げましたが、みなさんも部屋の模様替えなどの日常的な悩みにはすぐに対処できるのですから、その際には、ぜひ災害時のことも一緒に考える習慣を付けておきたいですね。
特定非営利活動法人プラス・アーツ 理事長
プロフィール
2006年、プラス・アーツ設立。企業や自治体、地域団体とともに、防災教育のプロジェクトを展開。『防災イツモマニュアル』(ポプラ社刊)など著書多数。また、一般向けに暮らしの防災講座「防災イツモ講座」を数多く開催している。
NPO法人プラス・アーツ 公式サイト